2024年11月22日

自分の妻・他人の妻・遊女


普通、性愛の対象は、未婚の男女同士か、または既婚の夫婦のあいだでということになるのだが、古代インドでは、性愛の専門家というべき遊女(娼婦)の存在は必要悪とされ、彼女らの中には、知的にも洗練されて貴族や知識人らがと相まみえても見劣ることもない者も少なくなかった。 <この場合の遊女(娼婦)というのは、西欧や日本で言うところの売春婦とは全く異なる存在だということを注意しておく必要がある。>

「カーマ・スートラ」によると、彼女らは六十四芸に秀で、品性、美貌、美徳をそなえており、王に厚く遇せられて、美徳のある人々に賞賛され、多くの人から交際を求められた。彼女たちは普通の既婚女性にはない教養と品性があり、社交界にはなくてはならない存在だったのである。

そして、「カーマ・スートラ」で特筆すべきは、性愛の対象たる人妻の存在を上げていることである。「男の求愛を拒む人妻の心の中はどうなっているのか」「感嘆に手に入る女の特徴は何か」「いかにしたら人妻をゲットを落とせるのか」と進み、わが身を振り返り「自分の妻を他人の誘惑から守る方法」へと至る論旨を展開している。

「カーマ・スートラ」では、そういった男女の間の恋の駆け引きについてが主要なことで、性愛の技巧はそれほど比重を占めていないのである。

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